Another Words

突然創作を載せたり載せなかったりします。

罪の重さ

犯した罪は裁かれなければならない。その責をまるで負うことなくこんなふうに死ぬことが許されようはずがない。

彼の罪はあまりに重い。到底彼ひとりの命で償い切れるものではないが、まずは彼にその重さを自覚してもらうことから始めねばならない。でなければ償う意味がないではないか。そのために何が必要なのだろう?

高熱にうなされる薛洋の傍で考える。
「ゆるして…いい子で、いるから。いいこになるから」
薛洋はまるで子どものようなうわ言を漏らす。
「だから、いかないで。そばにいてよ」
子どもの頃の夢か幻覚でも見ているのだろう、そう思った暁星塵は薛洋の額に手を当てる。安心したように
「ああ、道長の手は、冷たくて気持ちいい」
と言った後で、薛洋は朦朧としていた意識を再び手放した。

まさか、私、なのか?

彼が必要としているのはこの暁星塵だというのか?この数ヶ月、彼を殺すために生きてきたのに。それだけが生きる意味だった筈なのに。なのにさっき願ってしまった。天よ、まだこの人を連れていくなと。彼にちゃんと罪を償わせてからだと。

 

いつのまにか夜が明けていたようだ。熱はまだ下がらない。彼が置いて行ったお焼きを齧り、水を飲む。額に乗せていた濡れ手ぬぐいを取り替える。汗を拭いてやる。その時、扉を叩く音がした。

「おーい、阿美、いないのかい?」
阿美、と言う聞き慣れない名前を耳にして、やっと彼の字が成美であることを思い出した。
扉を開いて、そこにいた人に答える。
「すみません。彼は昨日から熱を出していて」
「ああそう言うこと。いやね、毎日まじめに店に来ていたのに、今日は時間になっても来ないから様子を見に来たんだ」
「店、ですか?」
「ああ、うちは義城でも一番人気の米麺屋でね、彼は何ヶ月か前に、急に『なんでもするから雇ってくれ』って現れたんだよ。うちも人手不足で、皿洗いなんかを頼んでいたんだ」
「皿洗い、ですか…」
「ああ、あんたが阿美の言ってた『大事な人』か。目の悪い大事な友人がいるから、その人のためにまじめに働きたいと言ってたんだよ。それだったらうちとしても力になろうってね、余った料理なんかを持って帰ってもらってたんだよ」
「ご迷惑をおかけしてすみません。本人まだ熱が下がらないので、元気になったら必ずお詫びに伺わせます」
「あ、いいよいいよ詫びとか。それよか早く治してまたうちで働いてくれればいいから」

 

手荒れ、持ち帰る料理、朝出掛けて夕方まで戻らないこと、全てが繋がった。まじめに働く。彼は彼なりに償う方法を考えていたのだ。宋嵐を伴っての夜狩も、生きた人間を害するものではなく、妖獣や凶屍を狩る普通の夜狩だった。

一人では到底背負いきれない薛洋の罪を、わずかでも共に背負ってあげたい。彼が罪の重さにつぶれてしまわないように、隣で見守り、支えたい。そんな気持ちが抑えられず湧いてくる。仇を打つのも、彼の元を離れるのも、いつでもできる。今はただ、高熱にうなされているこの少年が早く元の笑顔を取り戻すよう祈るだけだ。

 

結局、熱が下がり意識が正常になるまで更に三日かかったものの、薛洋は無事に生還した。記憶がところどころ曖昧になっているようではあったが。
道長、せっかく縄解いたのになんで出ていかなかった?」
と不思議そうな顔で尋ねられ、暁星塵はこう答えた。

「薛洋、あなたは私が死にかけている人間を置いて逃げ出すような薄情者だと思っていたんですか?」