名前
宋嵐は立ち上がると拂雪を構える。
「そこをどいてくれ星塵。そいつをこれから斬る」
「子琛、私を斬りなさい。それができないなら、このまま立ち去ってほしい。私が望むのはそれだけです」
暁星塵も薛洋を守るように立ち上がり、霜華を構える。
「なぜそこまで薛洋なんかを庇う?こいつのしたことを許したのか?」
「許したわけではない。許せるはずがない。ただ、私は彼といると約束したのだから。私に約束を破らせないでほしい」
信じられない、という顔になった宋嵐は、意を決して斬りかかってきた。暁星塵も応戦する。
「頼むからそこをどいてくれ。君を斬りたくはない」
「ならばここを立ち去れ」
幾度となく手合わせした仲だ。お互いに相手の剣筋はわかっている。ただひとつ違うのは、宋嵐は本気で薛洋を斬ろうとしていて、暁星塵はそうではなかったということだ。そこに降災を抜いた薛洋が絡んできた。二人を相手にする宋嵐の分が悪いように思えたが、ただ二人はこれまで共に闘ったことはなかった。そのことが暁星塵のカンを狂わせる。薛洋をねらった拂雪が降災に弾かれ、暁星塵に向かう。それを払いよけようとしたはずの霜華は、まっすぐに薛洋の胸を貫いていた。
すべてがスローモーションとなる。降災が大きな音をたてて床に落ち、薛洋は膝をついて、ゆっくりと床に倒れた。
「星塵、一緒に行こう。早くここから離れるんだ」
「子琛、なぜわかってくれない。私は彼とここに残る」
「なぜだ?どうしても私より薛洋を選ぶのか?」
「そう思ってもらって構わない。私はもう、君の知己ではいられない、子琛」
それを聞いてとうとう宋嵐はあきらめたらしく
「君が、そこまで堕ちてしまったとは思わなかった」
と言い残して立ち去っていった。
暁星塵はぐったりとした薛洋を抱え起こして、自分の胸にもたせかけた。脈をとり、悲しい顔になって、それでも霊力を送り込もうとする。
「いいよ道長。自分の寿命は自分でわかる。今回は、さすがの俺ももうだめだ」
「そんなことを言わないでください。私はあなたを失いたくない」
「俺も、道長ともっとやりたかったよ。あんたの体は開発しがいがあったし、あんたがいきたくて泣きそうになってるところなんか最高に興奮するんだぜ」
「こんな時にまでそんなことを言わないでください」
「恥ずかしい?」
「恥ずかしいです」
「ほんとにかわいいな道長は。いつから気が付いていたんだ?俺が薛洋だってこと」
「初めてあなたと、その、結ばれたときですね。左手で触れられたから」
「結ばれた、か。俺のつもりではあれは『犯した』だったんだが」
「私はあなたに溺れていました。あなたと抱き合うのは喜びだった。だから気が付いた時は狼狽した。でも、すぐに覚悟が決まりました。あなたにこれ以上罪を重ねてほしくはなかったから、あなたが望む限りはそばにいようと」
「俺を、許したわけじゃないよな」
「もちろん許したりなどできない。できるわけがありません。でも、夜狩のことは、私が霜華を信じすぎたせいでもあるのです。あなただけが責めを負うべきではない」
「どうして宋嵐と一緒に往かなかった?」
「あなたの犯してきた罪はあまりに重すぎる。ただ、それを、私も負いたかった。あなたに必要なのは、一人では負いきれない罪を一緒に負う者だと思ったから。だからあなたのそばから離れまいと思ったのです。それに、私はもう彼にはふさわしくない。あなたと一緒に堕ちたいと願ってしまったから」
「ふっ、馬鹿だなあんたも、道長」
「そうですね。自分でも愚かだと思いますよ。でも、人は正しいばかりではいられないこともあるのです。それを私はあなたから学びました」
「俺のことが、その、少しでも好きだった?」
答える代わりに唇を重ねる。暁星塵の口の中に、血の味が広がる。
「こんな時になんだけど、あそこも触ってくれないか?」
「おかしな人ですね。私が断れないのを知っているくせに」
手を伸ばして薛洋の陰茎を柔らかく握る。それは力なくうなだれたまま、脈うつことも固くなることもなかった。
「道長の手は冷たくて気持ちいいな。でもそろそろ終わりみたいだ。あんたの顔が見えなくなってきた」
「まだ逝かないでください。話したいことがまだたくさんある」
「耳はかろうじてまだ聞こえてるぜ。最後にひとつ、お願いがあるんだ道長、いや、暁星塵」
「なんですか?」
「俺の名前を、呼んでほしい」
「薛洋、私の、薛洋」