Another Words

突然創作を載せたり載せなかったりします。

薛洋を救いたいプロジェクトその10

噂が雲深不知処に届いて少し経ったころ、魏无羡と蓝忘机は2人でウサギと林檎ちゃんの冬支度をしていた。真っ白いふわふわ達は冬毛になってさらにふわふわが増している。

「魏婴、薛洋のことだが」

「お前の方からその話を振ってくるのは珍しいな。何かあったのか?」

「江宗主が、疑い始めたようだ」

曰く、清談会で顔を合わせた他の宗主から聞かれて、今にも紫電を降り出しかねないほどの怒りでムキになって否定していたらしい。

「で、薛、じゃない艾渊本人はどんな様子だって?」

「噂を気にして外に出られなくなったらしい」

「うーん、そんなに繊細な神経は一番薛洋から遠いものだと思うけれど」

疑惑というのは一度生まれてしまうと、どんな些細なことであっても全てがその疑惑の正しさを裏付けているように思わせてしまうものだ。そのことを魏无羡は骨身に染みて知っている。多くの人が「噂を気にするということそのものが薛洋本人だからに違いない」と考えているわけだが、仮にこれが逆に、噂が流れても全く気にしなかった場合でも、どのみち何かの理由をつけて「だから本人に違いない」ということになってしまっていたであろう。

魏无羡の考えでは、たとえ彼が前世で薛洋であったとしても、いまの艾渊が聡明で高い資質を持った修士であり年少者から慕われる师兄であると言う事実は変わらないし、人を害することもなく、夜狩でも実績を積み重ねてきたことで評価されるべき、となる。たしかに前世の悪行の数々は許し難いことではあるが、だからといって前世で成敗されたのみならず今生でもさらに裁かれねばならないことなのか、今生での行いは少しも考慮されないのか。

自分には蓝湛がいて何があっても信じてくれる。彼にはそんな人はいないのか。江澄はそうはなってくれないのか。

「なあ蓝湛、彩花鎮で艾渊が言ってたこと覚えてるか?おれ、あれがずっと気になってるんだけど」

「覚えてはいるが」

「もしかしてあいつ、死んで誰かに献舎しようと考えているんじゃないか?」

「しかし、あの時はまだ、疑われていなかったはずでは」

「多分疑われる前から考えていたんじゃないかな。あいつの生き方を考えたら、それほど生きることに執着はなかったと思うんだよ」

师姐が死んだ後の自分も、生き返ってからでさえ、蓝湛から愛されていることを知り、自分もまた蓝湛を愛するようになるまではそうだったのだ、と魏无羡は思った。

「だから、もしも自分の命を捨てることで望みが叶うなら、喜んで自分の命なんか捨てるんじゃないか?もしかしたら家から出ないと言うのは、その方法を探しているんじゃないだろうか」

「彼の望み…晓星尘?」

「それ以外には考えられない。もし俺の知らない何らかの方法で、散ってしまった晓师叔の魂を掻き集めてこの世に戻すことが出来たなら、そのためならあいつは命くらいなら差し出すんじゃないのか?」

君がもし再び私の前から姿を消したなら、私は命を差し出してでも引き戻そうとするだろう、蓝忘机はそう思いながら、目の前の道侶の腰に手を回して引き寄せた。

「薛洋が持っていた鎖霊嚢は今は宋嵐と共に旅をしている筈だけど、あの中にあるのは本当にほんの少しだけで、大部分はこの世界の中を漂っているんだよなあ。俺も十何年かそうだったのかな」

そして黙り込む。しばらくして口を開いたのは蓝忘机だった。だから何を試みても応えがなかったのか。

「その間の記憶はない?」

「うん。もし蓝湛が待っていると知ってたら、もっと早く戻ってこられたんだろうけど」 

それを聞いて蓝忘机は道侶の華奢な身体を一際強くぎゅっと抱き寄せた。

「もし、万が一私が先に逝ったとしても、必ずすぐ戻るから、待っていてほしい」

いつもなら軽口を叩く魏无羡だが、この時はまじめに答えなければならないと思い、蓝忘机の色の薄い双眸を見据えて答えた。

「待ってる間にもし俺の寿命が尽きても、何度生まれ直してでもいつまでも待つよ」

「そんなには待たせない」

「蓝湛も、俺がまた戻るまで待っててくれるよな?」

当たり前だ、と言う代わりに唇を重ねた。

あまりにも魂のこもった口づけにすっかり腰の抜けてしまった魏无羡を、蓝忘机は横抱きにして静室まで運んで行った。途中ですれ違った蓝氏の若い門弟に

「魏先輩はどうされたのですか?」

と尋ねられ

「貧血を起こした」

と答えたものの、もしかすると含光君の衣の前の部分が少し盛り上がっていることに気がついた注意深い者もいたかもしれない。