Another Words

突然創作を載せたり載せなかったりします。

薛洋を救いたいプロジェクトその9

座学も終わり若い修士や見習いたちがそれぞれの世家へと帰る日が来た。雲夢江氏からは江澄が門弟2人を迎えに来た。というのは口実で、実は魏无羡に大事な用があった。

客間で待つ江澄のところに、魏无羡と蓝忘机が現れる。

「仙督、悪いが魏婴と2人で話したい」

「なんだよ江澄、蓝湛に聞かせたくないような話なのか?」

「聴かせたくないわけではない。だが、これは俺と魏婴の2人の問題だ。いや、俺の問題でさえないかもしれない」

「随便?」

「…その通りだが、なぜわかった?」

随便は見た目こそなんの飾りもなくただの木の棒のようだが、一品霊機の中でも仙剣としての霊力はかなり高く、持ち主が命を落とした時には他人に使われるのを拒んで自ら封剣したほどである。

「その件なら前に蓝湛とも話したから別に聞いてもらっても構わない」

魏无羡はそう言ったが、本音としては、たとえ義弟とはいえ他の男と2人きりで話したりなどしてやきもちで機嫌を損ねた蓝湛から全身を噛み跡だらけにされることを避けたかったのだった。

「まあ、そういうことなら」

と江澄も蓝忘机の同席を渋々認めた。

 

江澄の話は思っていた通り、随便を艾渊に渡してもいいか、というものだった。

「いや、俺はあれを持っていても使えるわけじゃないし、それどころか俺の今の霊力じゃ下手に振り回すと2〜3日寝込むことにもなりかねないから、あれを扱えるやつに正しく使ってもらいたい、って気持ちはあるよ」

「そうか、なら話は早い。早速封剣を解いてくれ」

「なんだよ随分急だな…お前に抜けるんだから封剣解くのもお前で出来るんじゃないの?」

「いや、もし出来るとしても、それをするのは俺の役目ではない。お前がやらないとこの剣に失礼なことになる」

やはり江澄は義理堅い。色々あったがやはり自分にとっては大事な家族なのだ。魏无羡は随便を受け取ると左の掌に右手で文字を切って両手で剣の柄を包む。目を閉じて唇をわずかに動かすと、随便は一瞬ぽわんと光を帯び、そして元に戻った。

「はいこれで。試しに蓝湛抜いてみてよ」

随便を受け取った蓝湛が抜こうとすると、すうっと抵抗もなく抜けた。蓝忘机は随便の重さを確かめるように少し振ってみてから鞘に収め、江澄に渡す。

「感謝する」

そういうと、江澄は座学に来ていた2人を連れて慌ただしく雲夢へ帰っていった。

 

それからしばらくは何事も起きなかった。誰も薛洋が復活することなどありうると想像もしたことがなかった上に、もともと彼は非常に賢く、また人の仕草や癖の模倣にも長けていたので、誰からも疑われることはなかったのだ。

今や艾渊といえば新しい江氏双傑の年若い片割れとして、仙門の間でも評判が高かった。気難しい、というか怒りっぽい宗主とは対照的な天性の明るさや人懐っこさ、それに随便を軽やかにさばく剣の腕前や危険を察知する能力の高さで、彼に憧れて江氏に入門を希望する人が跡を立たないほどだった。

 

しかし、そんな彼にも疑いの目が向けられる日が来てしまった。きっかけは、集団で夜狩に行った帰り道、小休止に立ち寄った朽ちかけた小屋から1本の剣が出て来たことだった。

その剣は強い邪気を発していて、その場にいた修士の誰もが興味津々だったが、試しに抜こうとしても誰にも抜けない。艾渊も抜いてみろと言われたが、抜けなかった。なんだ封剣してるのかよと皆が残念がっていた時に、外から不穏な物音がし、兇屍が来たと声が上がった。咄嗟に皆が剣を抜いて飛び出す中、ついうっかり艾渊はその剣を抜いてしまったのだ。

その剣は蘭陵金氏に持ち帰られ、薛洋の剣「降灾」であることが確認された。降灾は霊機ではなく邪剣であったが、邪剣も時として霊力と同じ物を持ち得、自らを封剣する剣もごく稀に存在した。降灾を抜いた艾渊はもしかしたら薛洋ではないのか、そんな噂が囁かれ始め、雲深不知処にも届いた。

艾渊、いや薛洋は慌ててこっそりと封剣を解き、最初に皆が抜こうとした時に抜けなかったのは内側が錆びていたからで、そのあと自分が抜けたのは邪祟の気配で慌てて力一杯だったからだと主張して、一応はそれで皆の了解が得られたものの、それでも艾渊の正体についての噂は消えることがなかった。

そして再び、艾渊は自分の殻に篭るようになっていった。

 

江澄には自分の可愛い弟子がまさか薛洋だとはとても思えなかった。薛洋のことは知らないわけではない。聡明で明るく年少者の面倒見も良い、蓝氏の座学の後は見違えて礼儀正しくなった、そんな薛洋はありえないと疑いもしなかった。しかし、噂を気にしてだんだん表情が暗くなる愛弟子の姿に、逆に疑念を抱いてしまった。もしかしたら本当にこいつは薛洋なのか、と。そして一度抱いてしまった疑いは晴れることなく、胸の奥で燻り続けた。