Another Words

突然創作を載せたり載せなかったりします。

薛洋を救いたいプロジェクトその12

艾渊が行方不明になって2週間が経った。どこを探しても見つからない彼を、江澄は心配する様子は見せるものの、特に探し回ることもしなかった。それを知って魏无羡は少なからずがっかりしたのだった。探し出して、ただ抱きしめて、「艾渊、お前は俺の大事な弟子だ」って言ってやればいい。難しいことではなくそれだけのことなのに何故できない?

魏无羡が愚痴をこぼすと、蓝忘机は

「誰もが君のように、虐げられし者の側に立てるわけじゃない」

という。それはそうなんだが、と魏无羡は思う。江澄はああ見えて本当はすごく情の厚い男なんだよ、と。

さらに1週間が経った頃、夜狩に出かけた蓝氏門弟たちから、信号弾で緊急連絡が来た。洞窟の奥で呪符に囲まれて倒れている艾渊が見つかったというのだ。魏无羡と蓝忘机が急いで駆けつけると、すでにそこには江澄が来ていた。

「どういうことだこれは?」

そこら中にベタベタ貼られた呪符と、血で書かれたたくさんの文字や記号。そして当の本人はといえば、ほとんど血の気を失い、呼吸も浅く、弱々しい。最初に見つけた者はてっきり死体だと思ったようだ。

「なんで、なんでこんなことに」江澄はほとんど泣き出さんばかりの顔で、ひたすら霊力を送っている。

描き散らかされた文字の中に、晓星尘の名前を見つける。いくつもの術を試したのか、何種類もの呪符が混ざっていた。

「これはなんという術なんだ魏婴」

「わからない。献舎でも舎身術でもなさそうだ」

もしかしたら、何か方法を見つけて、晓星尘の散り散りになった霊識をかき集めてつなぎ合わせようだとしたのではないか。そうは思ったものの、見る限りではどんな術だとしても成功した形跡はない。ここにいるのは、少なくとも見てわかる限りでは、ただたくさんの血を失って死にかけている少年だけだ。

一時辰ほど経って、ようやく艾渊の呼吸が安定してきた。しかしまだ危機を脱したわけではない。霊力をかなり消耗した江澄に代わり、蓝忘机が彼に霊力を送り始めると、程なく艾渊は少し意識が戻ったのか、か細い声で

「ああ、まだ生きてるのか。なかなか上手くいかない…」

と口にした。

「お前、何をやったの?」

魏无羡が話しかけると、

「ああ、魏先輩。死んだ人を呼び戻す術、こんなに難しかったんだ…。なかなか上手くいかなくて色々試して、そしたらやっと気が遠くなったんでこれでうまくいく、と思ったんだけど」

「お前な、こんなことをして、晓星尘が喜ぶと思うか?」

「俺は、生きてるだけで許されないから」

そこまで聞いたところで、突然江澄が

「悪いが、皆外してくれるか?二人で話がしたい」

と言い出す。

「ああ、魏先輩も、いて下さい」

艾渊はやっとの思いでそう口にする。江澄は苦い顔をしてそれを認め、三人以外が洞窟の外に出た。

 

「江宗主、すみません。ご迷惑をお掛けします。次は失敗しないように、ちゃんとこの世から薛洋を消しますから…」

まだ苦しいのか途切れ途切れにしか話せない艾渊を江澄が怒鳴りつける。

「お前なあ。死者を蘇らせるのはたくさん代償を払うんだぞわかってるのか?」

「怪我人相手にそんなに怒るなよ江澄」

「お前こそ黙ってろよ魏婴。こいつは俺の弟子なんだぞ」

その言葉を聞いて、横たわったままの艾渊の表情が少し哀しげに歪んだ。

魏无羡は艾渊の顔についた血をぬぐってやり、水筒の水を一口飲ませてから

「艾渊、言いたいことがあるなら今のうちに言った方がいいぞ。今だったら何言ってもこいつもお前に手を出せないから。身体しんどいならゆっくりで構わない」

と言って、彼が話し出すのを待った。

ゆっくりと話し始めた内容は薛洋の頭の良さを示すかのように時系列で整理されたわかりやすいものだった。

まず、自分が薛洋であること。気がついたらこの体に入っていたこと。少年から献舎されたと知り、果たすべき恨みを果たしてきたこと。兄弟子たち以外は皆親切で自分を信じてくれるのが嬉しくて自分も自然に人に親切にしていたこと。師匠はいい人だと思ったけれど果たす恨みの中に入っていたからやらざるを得なかったこと。江氏にお世話になることができて嬉しかったこと。などなど。

「ちょっと待て、なんであの時は俺に切り掛かってきたんだ?」

「あんたの顔見たらつい手が出たんだよ…もしかしたら誰かに俺がここにいることに気がついて欲しかったのかもな。多分あんたならわかってくれそうだったし。でもそんなこともあれきりなかった。自分の中で残酷なことをしたい気持ちがどんどん小さくなっていくのがわかった」

「だけどそう思うと共にだんだん、自分が前世でしてきたことが怖くなった。だから本当はここにいていいのは俺じゃなくて、俺はこの体を、もっとふさわしい人に譲るべきなんじゃないかと思うようになった。そのために色々調べたりもしたんだけど、ちょうどそのころに剣をもらって…。本当に嬉しかった。あの随便だったから」

「魏先輩は俺を薛洋だと知ってても俺を信じてそこまでしてくれたんだと思ったら、俺はもう、絶対に悪いことなんかしないでまっとうな修士になろうと思ったんだ」

「だけど、降灾が…。ついうっかり抜いてしまったから、みんなが俺が薛洋だということに気がついたんじゃないか。俺はまたみんなから疑われ、嫌われ、虫ケラのように扱われてしまうんじゃないか。違うな。そんなふうに扱われてしまったら、いつまた自分が昔の薛洋に戻ってしまうか、それが怖かった。だからそうなる前に、薛洋を消して、この体は譲られたもので自分が勝手に死なせるわけにいかないから、他の人に、できたら自分が一番好きだった人に譲ってしまおうって」

よしよし、というように魏无羡は彼の体を軽く叩くと、

「江澄、お前はなんかいうことはないのか?」

と促す。

「言うべきことはさっき言った」

と江澄はいつも以上に苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

「え?あれだけ?」

「あれ以上何があるんだ。こいつは俺の弟子だ。おいそろそろ莲花坞に帰るぞ。早く起きろ」