Another Words

突然創作を載せたり載せなかったりします。

江晩吟の苦悩(薛洋を救いたいプロジェクト息抜き)

その少年を初めて見た時に真っ先に思ったのは、

「こいつ、ちょうど一番生意気だったころの魏婴にそっくりじゃねえか、」

だった。すらりと伸びた手足、明るく誰に対しても分け隔てなく向けられる笑顔、軽い身のこなしに明らかに群を抜いた剣の資質、そして打てば響くような聡明さ。こんな男があいつ以外にもいるなんて、とかなりの驚きを感じた。

彼は、事情があって閉めることになった世家からここ莲花坞に引き取られることになったうちの一人である。その世家はもともと蘭陵金氏とのつながりが強かったのだが、何しろ今の金氏の宗主はあの金凌なのである。あのガキに、自分とさして歳の変わらないこいつをうまいこと管理できるようにはとても思わなかったし、本人もなぜか、どこかで引き取ってもらえるのならばできれば雲夢へ、と希望していたらしい。

そんなわけでこの少年、艾渊は雲夢江氏の門弟となった。ほどなく彼は門弟たちの間で「江氏双傑の片割れ」と呼ばれるようになった。

 

江氏双傑。

それは自分にとって、痛みと後悔を呼び起こされる名前である。まだ随便を刷いた魏婴がその軽やかな剣さばきで鬼才と呼ばれていたころ、二人で誓い合ったことだった。やがてあの悪夢のような日々が始まり、そしてそれが終わってもあいつは温狗どもに寄り添うことを選んでここを離れていった。その後あいつのせいでまだ生まれたばかりの金凌は両親を失うことになり、あいつが命を落としてからも、自分にとっては家族の仇だったのだ。詭道をあやつるあいつがこの世に戻ってきたら真っ先に自分がしなければならないこと、それは仇を討つこと以外にはなかった。

実は魏婴が詭道に手を染めたのは、自分にその金丹を譲ったからなのだと知らされた。自分が金丹を失った時の恐怖や絶望、それを思うと、どうしてそれを他人に譲ることができるのだろう。あいつにはかなわない。なにもかも。くやしいが認めざるを得ない。

そして観音廟のあの日、金光瑶から、自分もまた魏无羡を追い詰めた一人であることを指摘された。もし自分があの男を信じていれば、もしあの男の悲しみに寄り添うことができていたならば、我々はまだ、江氏双傑でいられたかもしれないのだ。

 

今雲深不知処にいるあの男は、おそらく二度と随便を使うことはないだろう。一品霊器の中でもとりわけ霊力の強いあの剣は、持ち主を失ってからずっと自らを封じたままだ。たまたま自分はそれを抜くことができるが、使うことはできない。それは剣に対する敬意でもあるが、自分の金丹があの男のものであることをいやおうなしに思い出させることが辛い、ということでもある。そんな時に艾渊が現れたのだ。

彼には随便が似合いそうだった。それは魏婴も同じように感じていたらしい。彼に随便を渡したいと告げたところ、自分もそう思っていたと簡単に了解して封剣を解いてくれた。受け取った艾渊もたいそう喜んで、剣に恥じない修士になる、と張り切っていた。実際、彼は日に日に頭角を現し、江氏双傑の若いほうの片割れと呼ばれるにふさわしくなりつつあった。魏婴と切磋琢磨しあった日々を思い出し、自分もまた希望を持てるようになったのだ。

 

その全てが狂い始めたのは降灾が見つかったことからだった。全ての世家から蛇蝎のごとく嫌われた薛洋。街のゴロツキにすぎないのに妙に剣の腕がたち、不完全とはいえ陰虎符を再生するだけの能力をもち、小指一本のために世家全員をためらいなく惨殺するような凶悪な男。その剣を抜いてしまった彼は、もしや薛洋なのか?そんな噂が流れ始めた。そうでなくとも夷陵老祖を生んだ世家ということで、未だに江氏をあしざまに言う声はちらほら聞こえる。この上さらに、弟子が薛洋であることに気付かなかったとなれば、江氏の評判は地に落ちることになる。

果たして自分は、彼をどうするべきなのだろうか。