Another Words

突然創作を載せたり載せなかったりします。

誰も雲の深さを知らない

さらに一年が経った頃だった。

阿楓は琉璃や玻璃の細工をする工房で職人を目指す為に魏无羡から離れることになった。

「羡哥、色々お世話になりました」

「ああ、頑張れよ」

「でね、あの、最初の夜のことだけど、羡哥は信じてなかったみたいだけど本当に口づけだけだから」

「本当か?」

「だって、その、羡哥、大きくならなかったんだもん。口づけされたからそういうことするのかと思ったけど、ずっと『らんじゃん、らんじゃん』って言って泣きながら僕に抱きつくばっかりで」

「ちょっと待て、お前」

「うん、こんな顔してるからね、男同士とかとっくに経験済みだよ。僕が自分から望んだわけじゃないけど。でもね、羡哥はそういうんじゃなかったから、僕は嬉しかったんだ」

「…なんかちょっと、何もしなかったのがもったいなかった気がしてきたぞ」

「じゃあ、せっかくだから記念にこれからする?」

「いや、やめておく。お前はいい弟だよ阿楓」

「でしょ?気が向いたら会いに来てね。いつでも歓迎するから」

素直で賢く、綺麗な顔で、そして蓝湛と同じ色の瞳…。阿楓とは離れ難いものを感じていたが、そろそろ彼の手を離す時期だ、と魏无羡は考えていた。これ以上一緒にいたら、彼を本当に蓝湛の代用品にしてしまいかねない。別れにはちょうどいい頃合いなのだろう。

 

久しぶりに一人きりになって、これから何処へ行こう。木に登って考えた。

 

最後に蓝忘机に会ってから1年半。1年前、やっと素直に自分の気持ちを伝える気になった時には、もう全てが手遅れだったのか。もし次に会ったら、の「次」は結局訪れなかった。

ずっと自分が傷つけられたことしか頭に無く、蓝湛の気持ちがどうなのかは知ろうともせず、ありったけの心ない言葉を浴びせてきた。そんな自分が嫌で、蓝湛を傷つける度自分も傷ついていた。その繰返しに蓝湛もきっともう愛想が尽きだのだろう。

蓝湛、もう俺のことは忘れて誰かと幸せになってくれ。そう思うようになっていた魏无羡は、そろそろこの旅を終えようと決意した。

 

旅を終える。どこかの山に小屋を建てて、山羊か羊でも飼って、気が向いたら魚を釣ったりして一人で生きていくのも悪くないかもな。だけど最後に一目、蓝忘机の顔を見てからにしよう。そう思うと足は自然に姑苏へ向かっていた。

 

久しぶりの雲深不知処は、何故か非常に強い結界が張られていた。何か良からぬことがあったのだろうか?不安が胸をよぎる。

「ああ、こんなに厳重に結界張られたら忍び込みようがないな。残念だけど最後まで縁がなかったんだな含光君」

陈情を取り出し構えると、ゆっくりと息を吹き込み、ずっと奏でることのなかったあの旋律を、心を込めて奏でた。この曲を吹くのもこれが最後だろう。結界の中まで届かないのはわかっていたけれど、蓝湛には届いてほしい、そんな願いを込めながら。奏で終わると急に体から力が抜け、目の前が暗くなった。

 

「魏婴、目が覚めたのか?」

「ここ何処?俺、なんでこんなところにいるんだ?」

意識が戻って最初に目に入ったのは、あれほど帰りたかった静室の、見慣れた天井だった。

「君の『いるべきところ』だ」

「お前が決めるなよ、含光君」

そう憎まれ口を叩きながらも、何か温かいものが流れ込んできて、心を満たしてゆく。

「私のものなのに、私が決めずに誰が決めると?」

「酷いよ蓝湛、散々振り回して」

「すまなかった。もう二度と『君の為』なんて独りよがりなことは考えない」

魏无羡がまだふらつく頭を押さえながら上半身を起こすと、蓝忘机が抱きしめてきた。

「あれ?蓝湛、痩せた?」

「実は1年半ほど眠っていたらしい。ずっと、夢を見ていた」

「1年半?」

あの厳重な結界はその為だったのか。

「夢の中にはずっと君がいたから、君のいない現実には戻りたくなかった。陳情の音が、現実にも君がいるのだと教えてくれた」

「俺はここにいるよ。追い出されたって絶対にここから出て行かない」

蓝忘机の形の良い薄い唇が、魏无羡の愛らしい赤い唇を覆っていく。

 

「ところで1年半って、その間仙督の仕事はどうしてたんだ?」

「兄上が代行してくださった。君の方こそ、あの少年はどうしたのか?」

「阿楓なら、玻璃細工の工房に弟子入りした。ちゃんと自分の居場所を見つけられたんだ」

「いや、そのことでは無くて、その」

「ああ、あいつとはヤッてない。酔った時にお前と間違えて口づけして抱きついただけだ。いや、抱きついて口づけだったか?もう随分前だから忘れちゃったよ。とにかく、あいつは弟」

「君にとって弟なら、私にとっても義弟になる」

「いやむしろ蓝湛の弟で俺の義弟って方がみんな納得すると思うよ。蓝湛の他にもあんな色の瞳があるんだなって。そうだ、阿楓は俺とお前が仲直りできないのをすごく気にしてたから、一緒に会いに行こうよ」