Another Words

突然創作を載せたり載せなかったりします。

それでも日々は続く

ああ、ついにやっちまった、と魏无羡は激しい後悔に襲われていた。

目が覚めたとき、隣には綺麗な顔をした少年が眠っていた。

前の晩、少年が金持ちとその取り巻きと言った風の男たちから因縁をつけられているところにたまたま通りかかり、彼を助けに入って二人でこの空き家に逃げ込んだのだった。たまたまその日は酒を買って持ち歩いていたため、食べ物もなくお腹が空いた二人は酒を飲むことになったのだが、このところあまりちゃんと食事をとっていなかった魏无羡は思った以上に酔いが早く回ったのか少し飲んだところで気を失っていたようだ。気がついた時、心配そうに魏无羡の顔を覗き込む少年の顔がすぐ目の前にあった。薄い色の瞳に白い肌、通った鼻筋。少年の顔立ちに蓝湛の面影を感じた魏无羡は、思わず少年に口付けると強く抱きしめていた。その後のことはまた記憶が途切れている。

「あの、俺、その、何かした?」

目を覚ました少年に恐る恐る尋ねると、少年は

「あ、あの、ちょっと、口づけを」

と口籠もりながら答えた。いやこの状況を考えたら絶対それだけで済んでるはずはないだろう、と思ったが、彼が絶対にそれ以上のことはなかったと言い張るので、とりあえすはそういうことにしておこう、と思った。

少年は林楓と名乗り、改めて昨夜助けてもらった礼を言った。昨夜の金持ち風は、仕事を紹介してくれるという話だったから会いに行ったのだが、まるで妓女のような振る舞いを要求され、断ったら取り囲まれてしまったのだという。「僕のことを男娼か何かだと思っていたみたいです」

魏无羡が名乗ると、流石に夷陵老祖のことは知っていたらしく、「なんかもっと恐ろしい人なのかと思っていました。こんな優しそうな方だなんて」というので「いや褒めても何も出ないぞ」と言って出発の支度を始めた。

ふと林楓少年の方を見ると所在なさげに立っていたので、つい気になって

「お前、家とか家族は?」

と尋ねると

「家は追い出されました。元々家族とはうまく行ってなくて、本を読んでいると取り上げて捨てられたし、もっと給金をもらえる仕事、それこそ妓女や男娼のような仕事をしろと言うような家族でしたから、追い出されてむしろほっとしてます」

と答える。魏无羡は今更ながら、雲夢江氏で育った自分の幸運を思い、そして林楓に向かって

「じゃあ、自分の居場所が見つかるまで一緒に来るか?」

と言うことになったのだった。

 

雲深不知処を出てから2ヶ月あまり。これまで、困り事のある家を訪ねては呪符を授けたり、時々は簡単な邪祟を祓ったりなどしながら旅をしてきた。受け取る謝礼は少額ながらも、贅沢をしなければ日々の宿代と食べるものと酒には困らない程度にはなった。ただ一つだけ困ったことは、やはり蓝湛の不在だった。

一人寝には思ったよりもすぐに慣れることができた。時々は静室での激しい夜を思い出すことがないではなかったが、あれは分不相応な夢だったのだと思うことで諦めがついた。辛かったのはむしろ、話を聞いてくれる相手がいないことだった。元々が口から生まれたと言われるくらいの話好きだった魏无羡にとって、一日中誰とも話さないのは耐えられないことだった。蓝忘机はとりわけ寡黙だったが、それでも自分の話をいつでも聞いてくれる人がそこにいることで、どれほど自分が満たされていたのかを思い知るのだった。

そんな日に出会った林楓は、魏无羡にとっては格好の旅の道連れだった。元々江氏の大师兄として年下の面倒見が良かった魏无羡はすぐに林楓と打ち解け、二人はたちまち羡哥、阿楓と呼び合うようになった。初めて会った晩のことは酒のせい・なかったこと、そう言う暗黙の了解で旅を続けることになった。

不思議なことに、面倒を見なければならない相手がいることで、魏无羡は元気を取り戻した。落ちていた食欲も戻り、やつれていた姿も、注意深く見れば前より少し痩せたかも、という程度にまで回復した。

 

二人連れになってからひと月ほど経った頃、久しぶりに大きな城下町に来ていた。三日ほど前に訪れた村で邪祟を祓った際、いつもより多くの謝礼を受け取ったので、久しぶりに服を新調しようと思ったのだ。自分用に黒の、阿楓には似合いそうな薄い水色の服を買い、ふと思い立って阿楓に護身用の剣を買った。

「剣?僕には使えないですよ」

と遠慮する阿楓に

「少しくらいなら教えてやれるから。自分の身を守れるようにはなっておいた方がいいぞ」

と言い、基本的な剣の持ち方、立ち方、構え方やごく簡単な捌き方を教えた。筋は悪くないようだったが、さすがに幼少時から鍛錬していた門弟たちのようにはゆかず、苦戦しているようだった。それでも慣れない剣に取り組んでいる阿楓の姿に、眩しいものを感じていた。そして

「俺も、こいつに教えるためにも剣を持っておいた方がいいかな」

と、自分用の剣も手に入れた。随便のような霊剣には及ぶべくもないが値段の割にはそう悪くない剣を手に入れ、金丹を失って以来初めて、腰に剣を刷いた。

 

城内には4日ほど滞在し、そろそろ次の町へ向かおうとした頃、視界の隅に見慣れた蓝氏の校服が目に入った。例の二人組、思追と景仪だ。

なんであいつらこんなところに、と思い隠れる場所を探そうとするが、早速見つかってしまう。

「わわわ魏先輩、なんでこんなところに」

「それはこっちのセリフだよ。お前たち何こんなところに。まさか、含光君も一緒か?」

「はい、何か寄るところがあるとかで今は別行動ですが、宿で合流する予定です」

「そうか、じゃあ行き違いだな。俺たちはこれからここを離れる予定で…」

「俺たち、ですか?」

思追は思わず大きな声をあげる。魏无羡はもういない、と知らされたものの、その理由については含光君は聞いても答えてくれないし、泽芜君も「本人が話す気になるまでは聞かないでやってほしい」と言うだけで、その理由がわからなかったのだ。

まさか連れがいるとは。魏先輩といえば、その隣にいるのはいつだって含光君か、そうでない時でも温おじさん、ごくたまに金凌だったはずで、いったいどんな連れなのか想像もできなかった思追がそれを聞いていいものやら思い悩んでいる間に景仪がさっさと口にしてしまう。

「魏先輩、いったい誰と一緒なんだよ?」

その時丁度、阿楓が走ってきた。

「羨哥、馬借りられるって。ちゃんと値切ったからお金足りたよ」

駆け寄ってきた笑顔の少年に、魏无羡は

「よしよし、阿楓もだいぶ交渉上手になってきたな」

と誉め、頭をくしゃくしゃと撫でる。

「魏先輩、そちらの方は?」

とおそるおそる思追が尋ねると、

「ほら、阿楓、ちゃんと挨拶しなさい。こちらは姑苏蓝氏の蓝景仪と蓝思追」

「姑苏蓝氏の方なんですか?初めまして。林楓と言います。すごい、本物の仙師だ」

「こら、俺はなんなんだよ阿楓」

笑顔で軽口をたたきあう二人を見て、景仪も思追も啞然として顔を見合わせた。そして少年の顔を見て、二人とも一瞬息をのんだ。

--瞳の色が、含光君と同じだ--

「ああこいつ、綺麗な顔してるだろ。女に間違われて因縁付けられているところを助けたら、ついてくることになったんだ」

「話盛らないでよ羨哥。女に間違われたわけじゃないってば」

「そうだったっけ?まあいいや。じゃあ、含光君によろしくな」

そういって立ち去ろうとする魏无羡の後ろに、いつの間にか蓝忘机が立っていた。