Another Words

突然創作を載せたり載せなかったりします。

思っていたのと違う

「いきなり後ろに立つなよ含光君。心臓が止まるかと思ったぞ。じゃあ、そろそろ行くから」

そう言って阿楓の手を引き歩き出そうとする魏无羡の手首を、蓝忘机が掴む。

「待ちなさい魏婴」

その手を振りほどこうとするが、力では到底敵わず、

「お前どういうつもりだ蓝忘机?ここで引き留めるくらいならなぜ追い出した?」

と思わず喧嘩腰になる魏无羡。蓝氏の二人がどうしたものかと呆然と見ていると、蓝忘机は冷静に

「景仪、宿に部屋をもう一つ用意してもらいなさい」

と言う。突然の出来事にドギマギしながらも

「あの、馬は…?」

と伺う阿楓には、

「出発は遅らせなさい。追加で金がかかるなら私が出す」

と答え、そのまま魏无羡の手をひいて歩き出そうとする蓝忘机だが、ふと魏无羡が剣を佩いているのを見て、

「魏婴、その剣は?」

と問う。

「お前に話す必要はない。だいたいなんなんだよさっきから。俺たちの行動を勝手に決めるな」

 

景仪と思追を見かけた時にはまだそれほど自覚をしてはいなかったが、蓝湛の顔を見た瞬間、いかに自分が傷ついていたのかを思い知らされた。いきなり有無を言わさず追い出され、孤独の中に取り残されたのを、やっと蓝湛のいない日常にも慣れたばかりだと言うのに、まるで治り切らない瘡蓋を無理やり剥がしてそこに塩を刷り込むような仕打ちに感じられ、いくら最愛の人とはいえやって良いことと悪いことがあるだろう、そう思うと、怒りをぶつけずにはいられなかった。

さっきまで上機嫌でいた魏无羡の豹変ぶりに、阿楓はすっかり怯えた表情になる。それを見た魏无羡は

「阿楓、悪いな。こっちの事情だからお前のせいじゃない。気にするな」

と声をかける。

「うん、僕は大丈夫だよ羨哥。それより、ここにいたら通る人に迷惑だよ。とりあえず移動しない?」

こんな状況でも周りに気遣いができる阿楓に、

「そうだな、わかった」

と返事をして、全員で蓝氏が取っていた宿へと移動した。

 

「あの、さっき『なぜ追い出した?』って…」

思追が恐る恐る尋ねると、魏无羡はそれには答えず、

「料理何頼んでも大丈夫か?だったら阿楓は好きなもの頼んでいいぞ」

と言って、蓝忘机に背を向ける。阿楓は困ったように、

「僕は昼食べ過ぎたから汁物くらいでいいよ。それより羨哥はちゃんと食べないと」

と言って心配そうに魏无羡を見つめる。魏无羡はそれには答えず、

「景仪、もう一部屋とってあるんなら、そっち使っていいか?疲れてるから早く横になりたい。阿楓、隣にいるから、食い終わったら来い。明日は早く立つぞ」

そう言って一切蓝忘机のほうを見ずに、部屋から出ていった。

「魏婴…」

立ったまま下を向いている蓝忘机は、ただでさえ白い手が真っ白になるくらいこぶしを握ってつぶやいた。

「含光君、聞いていいですか?一体何があったんですか二人の間で。さっき魏先輩は『なぜ追い出した?』って言ってたけど」

遠慮なく景仪が問いかける。

「そう、私が追い出した」

「どうして、そんなことを…」

「最初から隠してはいけなかったんだ。そう思ったから隠すのをやめた」

蓝氏の門弟二人は、含光君と泽蕪君の両親のエピソードについては当然耳にしたことはあった。そして生まれ変わる前の魏无羡を含光君が「雲深不知処に連れ帰り隠したい」と言っていたという話も噂では聞いていた。特に後者は普段氷のように見える含光君の、秘められた熱い思いを示すものとして、蓝氏の誰もが憧れる話であった。実際、復活後の魏无羡はいつも含光君の隣にいて、含光君はその姿をいつも優しい目で見ていたし、幸せそうな姿を見るのは二人にとってもとてもうれしいことだったのだ。

「あの、含光君、貴方は私が世界で一番尊敬する人です。だけど、言わせてもらっていいですか?どうしてそんなに急に突き放すようなことをしたんですか?ちゃんと話し合えば良かったんじゃないですか?それでは、魏先輩だって納得できないですよ」

「君の言うとおりだ、景仪」

ここを訪れたのは偶然ではなかった。魏婴がどこを通っているのかは、大体噂で把握していた。夷陵老祖があの村で邪祟を祓ったとか、どこそこの屋敷に彼の書いた呪符が貼られていたとか、そういう情報は集めずとも届いていた。だからおそらくこの時期にこの城下に滞在するのだろうという予想はついていた。その姿を見て、元気でいるのを確認したい、できれば、その時にちゃんと話をして、謝りたい、そう考えていたのだ。

そう、とっくに蓝忘机は後悔していた。静室に戻っても魏婴はおらず、一人で眠る寝台の広さに身も心も冷え切り、夜中に幾度も目覚めてはそこにいない人の名を呼んでいた。さすがに仕事に支障をきたすことはなかったものの、食事の味は全くわからなくなり、そして痛みを感じなくなっていた。まさにこの時も拳を握りしめたその掌に爪が突き刺さって血が滲んでいたことにさえ、自分で気づかないほどだった。

「話してきたらいいんじゃないですか、魏先輩だってそんなに話の通じない人じゃないですよ」

景仪に促され、蓝忘机は魏无羡のいる隣の部屋へ向かった。扉を開くと、入り口に背を向けて寝台で横になっていた魏无羡は、気配を感じたのか、

「阿楓?お前は早起き苦手なんだから早く寝ないと」

と言いつつゆっくり振り返る。

「魏婴」

「あ、なんだよ蓝湛か。脅かすなって。さっき悪かったな、つい大きい声出してしまって」

「魏婴、君が謝ることじゃない。悪かったのは私だ」

「いや、お前が謝るなよ。分かってたんだ俺も、あんな日がいつまでも続くはずはないって。遅かれ早かれこんな日が来ると思っていたから、俺はもう大丈夫だし」

「私が、大丈夫ではない」

ただならぬ様子の蓝忘机が気になり、魏无羡は身体を起こした。

「許してほしい。君を傷つけた。私が、独りよがりだった」

蓝忘机はそういうと、魏无羡を抱きしめ、唇を重ねた。