Another Words

突然創作を載せたり載せなかったりします。

片想い

「今更こんな話をすべきではないのかもしれないんですが…」

その日はたまたま含光君がどうしても外せない用事で出掛けられなかったために、魏无羡は一人で思追たちの夜狩について来たのだが、当然のように途中で合流して来た温宁が、恐る恐ると言った様子で話しかけて来た。

「ん?どうした?」

「姉のことです」

「温情?」

「はい。本当に今更の話で申し訳ないんですが、魏公子は、姉の気持ちに、気づいていらっしゃいましたか?」

「温情の気持ち?温情が俺のことを?」

「姉は、公子のことをとても慕っていました」

 

岐山温氏いちの名医で、とびきりの美人で、そして温宁にとっては誰よりも大事な姉だった温情。

魏无羡が破滅への道を歩き出した直接のきっかけは「温宁を探して」という彼女の願いに応えようとしたことからだった。そのことを後悔しているわけではもちろんない。

江澄からどんなに非難されようと、困っている人弱っている人から助けを求められたら応えずにいられない、それが魏无羡である。増してや温姉弟は命の恩人である。

そして始まった乱葬崗での日々。その中で、周りの温氏からの無言の期待、すなわち魏无羡が温情と結ばれここで家庭を持ってほしいという期待を感じない日はなかったし、おそらくは温宁も同じ思いだっただろうことは想像に難くない。しかし温情自身の気持ちがどうだったのかについては、実際のところ敢えて知ろうともしなかったのだった。そして正直なところを言えば、魏无羡にとっては師姐のような柔らかく包み込んでくれる女性こそが理想であり、温情のような気の強い女性を、女性として意識するということがそもそも難しかったのだ。

「あの頃はそれどころじゃなかったしなあ。俺も温情も、生き延びるために考えなきゃならないことが多すぎたから」

「私はずっと姉と一緒に育って来ましたから、姉が、僅かでも他人に弱みを見せるなんてことは考えられなかったのです。魏公子に助けを求めたのは、姉が公子のことを特別に思っていたから」

「いや、温情ほどの美人が、しかも元々あんなに誇り高かった女性があそこまで弱って助けを求めて来たら、それこそ聂怀桑だって助けると思うぞ。たまたまあの日あそこを通りがかったのが俺だっただけで」

あの状態で助けないのは江澄くらいだろう、と思ったことまでは流石に口にはしなかったが。

「そのあとも、ずっと姉は公子のことを特別に気遣っていました。食事も公子の分だけ多かったし」

「それはお前、俺だけ若かったし、お前はモノ食う必要なかったしで」

「公子だけ広い部屋があったし」

「あれは俺が訳わかんない呪術のために色々やらかすから奥に隔離されてただけで」

そう答えると、温宁は困ったような顔になった。

「俺にとっては、あの時はみんなが家族だったから、家族には、その、そんな気持ちは持てなかった、んだと思う」

「姉もそれがわかっていたから、気持ちを伝えなかったのだと思います。今更こんなこと言われても困りますよね公子も。でも、本当は知ってて知らないふりをしていたのかと思ってました。まさか、本当に気がついていなかったとは」

温宁は寂しそうにフッと笑うと、夜空を見上げて黙り込んだ。

「温宁、俺は、温情とお前のことは、本当に家族だと思ってたよ。あんな無茶な願いまで叶えてくれた温情には、一生かかっても返せない恩義を今でも感じてる。ただ、なんというか、それとは別なんだ。あの頃の俺は、人を好きになることはその人に縛られることだと思っていたし、そもそも、自分の性格からして、思われていたら応える、というのは、なかったと思う」

「…いいんです。もしかしたら姉も、気づいてほしくなかったのかもしれません。今日の話は、私の独り言ってことで、忘れてください」

それだけいうと、思追の方へ走って行ってしまった。

そのあと夜狩の間じゅう、魏无羡は心ここに在らずといった状態だった。自分は確かに、思われていたら応える、という人間ではない。けれど、蓝湛の思いには応えねばならない、と思っている。

先に好きになったのは蓝湛の方だということを今の自分は知っている。けれどそれを知らなかったころ、自分は蓝湛のことを好きでたまらなくて、蓝湛の気持ちを知りたくて、でももしそれが自分の思っているようなものでなかったらと思うと確かめるのが怖くて、だけど触れ合いたくて、離れたくなくて、もし自分の気持ちを知られたら迷惑に思われてしまい、もうそばにいられなくなるかも、頭の中はそんな不安でぐちゃぐちゃだったことを思い出していた。そして、蓝湛もまた同じように苦しかったのだと、自分よりもずっと長い間そんな思いを抱えていたのだと、今は知っている。どんなに苦しくてもそこから逃げることなく受け止めてくれた蓝湛のおかげで、今の二人がある。

そしてふと思った。もしかしたら温情もずっとそんな不安な気持ちでいたのだろうか。

温情、ごめんな。

夜空に向かって呟いてみると、流れ星が一つ、すうっと空を横切って消えた。

 

魏无羡は大きく深呼吸してから、

「悪いなみんな。俺、用事を思い出したから先に戻るわ」

と声をかけた。

「だったら信号弾撃ちますから。含光君に迎えに来てもらいましょう」

という思追の提案に

「お前、そんな俺の用事如きで含光君呼び出すとか、叱られるぞ」

と返事をしたその時、目の前を白い影がよぎった。

「私がどうかしたか?」

「含光君!いつの間に?」

「用事が済んだら後から合流するつもりだった。魏婴、君はなんの用事で戻るのか?」

そう問われて一瞬答えにつまる魏无羡。用事とは言ったものの、その実蓝忘机の顔が見たくなっただけだったのだ。

「もう済んだよ含光君」

そう答えると、腕を絡めてその顔を見上げる。