Another Words

突然創作を載せたり載せなかったりします。

闇夜の宴

少し経つと、薛洋は時々夜にも出かけるようになった。二人分の足音が聞こえるのは、おそらくは宋嵐を伴っているのだろう。陰虎符で操られる傀儡となった宋嵐を使って、薛洋が一体どのような悪事を働いているのか、それを考えると恐ろしくもあった。しかし、それを咎めることもできなかった。一度だけ
「どこへ行っているのですか?」
と尋ねると、あっさりとひとこと
「夜狩」
とだけ返事があった。そして夜中か明け方に帰ってくるときは大抵、血の匂いをさせていた。
目を失ってからの暁星塵は、聴覚や嗅覚が敏感になった。生きていた人間と凶屍と獣とは、血の匂いで区別がつく。残念ながら、活屍と凶屍の区別までは未だにできなかったが。

そして薛洋が帰ってきた時の血の匂いは、ほとんどが凶屍の匂いだった。やはりどこかで無辜の人たちを活屍として殺しているのだろう。可哀想な子琛。誰よりも高潔なかの傲雪淩霜が、今や傀儡として薛洋の楽しみのための悪行へ加担させられているのだ。おそらくは薛洋のこと、自分では手を下さずに全てを彼と彼の拂雪にやらせているのだろう。
それも全て自分のせいだと思うと、いたたまれなさに胸が痛むと同時に、なお一層薛洋への憎しみが募る。

そもそも暁星塵は、他人に殺意など抱いたことはなかった。かつて櫟陽常氏の件で薛洋を捕らえた時でさえ、彼が相応の罰を受けるべきだとは思ったが、それは暁星塵自身の殺意ではなかった。今、自分の中にある感情も、憎しみではあっても殺意ではない。彼を亡き者としなければならない。その気持ちはとても強いものの、明確な殺意を抱くには至らない自分には、なにか人として足りないものがあるのかもしれないと思うようになっていた。

 

その夜も随分と遅くに薛洋が宋子琛と共に帰ってきた。眠りの浅くなっていた暁星塵は、薛洋の戻りをその血の匂いで感じていたが、寝たふりをしながらじっと耳を澄ませていた。薛洋は身体についた血を拭うと夜着に着替え、そのまま寝台へ入るかと思ったが、寝台の枕元に腰かけたと思ったら唇になにかが触れた。それから手を握り、すこし指を絡めてから、背を向けて寝台に横になった。
(手が荒れている?)

以前まだ彼が薛洋だと知る前に、爪切りをねだられたことがある。
「私は見えないのだから、指を傷つけるかもしれませんよ?」
と答えたのだが、
道長に切ってもらいたいんだ」
とわがままを言ったので、しかたのない人ですねえと笑いながら爪を切ってあげた。思えばその時に右手しか切らせなかったことで彼が薛洋だと気が付くべきだったのだけれども、今更それを考えてももう全てが遅いのだ。
彼の指はその器用さを表すように細く長く、そして少しだけ節ばっていたが、手荒れやささくれは全くなかったはずだ。それが今はなぜこんなに荒れた手をしているのだろう?
そんなことを考えていると、薛洋は暁星塵が目を覚まさないように控えめに脚を絡め、なるべく背中がたくさん触れ合うような体勢となり、自分を慰め始めた。髪が少し引っ張られるような感じがしたあと、やはり小声で
「星塵…」
道長…」
と名を呼びながらどんどんと息を荒げていく。暁星塵は混乱していた。なぜ彼はこんなにも甘やかに私の名を呼ぶのだろう。私を憎むからこそあのような酷い仕打ちをしたのではなかったのか。
やがて放出の時が訪れ、呼吸を整えた薛洋はこの前と同じように寝台から下りて後始末をすると、水を一口飲み、それから始める前にしたように枕元に腰かけて唇を重ねてきた。また頬に暖かいしずくが落ちる。おそらくは夜着の袖をそっと頬にあてがい落ちたしずくを吸わせると、元の場所に戻って、
「お休み、道長
とほとんど聞こえないくらいの小さな声で呟き、そのまま眠りに落ちていったようだった。