后会有期
「また背が伸びたのでは?もうすぐ追いつかれてしまいますね」
薄墨の衣をまとった背の高い方の男が、傍らにいる深緋の衣の男に話しかける。話しかけられた方はえくぼが特徴的な顔をほころばせる。
「それにしても、私の師匠を根負けさせるとは、あなたは本当に大したものです。おかげで私はだいぶ嫌味を言われましたけど。二度も戻ってきたのはお前だけだって」
少し年上に見える薄墨の衣のほうはそう言ってくすくすと笑い始める。若い方の深緋の男は呆れ顔で
「ほんとあんたの笑いのツボはどこにあるんだか未だにわかんねえよ」
と言うが、目は笑っている。
深緋の衣の男は、前髪で隠れた右目に衣と同じ色の眼帯をしている。わずかに幼さを残したその顔だちは、見る人に親近感を抱かせる明るい笑顔の美青年だ。
薄墨の衣の男は、色白で鼻筋の通った、ともすれば冷たい印象を与えかねない美貌だが、実際にはしょっちゅうくすくすと笑っているせいで優し気に見える。相方とお揃いの左目の眼帯には、結晶のような白銀の刺繍が施されている。
「私もまさか、あなたがあんなことを言い出すとは思いませんでした。かつては小指のために一家を…」
「おっとそこまでだ道長。あんたのためなら片目くらいお安いもんだ。なんと言っても俺の自慢の道侶だからな」
そういうと相方の髪を手に取って匂いを嗅ぐ。
「こら、人が見ますよ、恥ずかしいじゃないですか」
たちまち耳までほの赤く染めて立ち止まる薄墨の衣の男は、深緋の衣の男に腰を抱かれて、頭を肩に預ける。二人の見つめる先には、新しく建てられたばかりの剣術道場があった。門には「白雪閣」の扁額がかかっていて、入門希望と思しき少年らが門前で誰かを待っている。
「やっと完成しましたね。ここまであなたも大変だったでしょう?」
「俺の苦労なんて大したことじゃない。もうすぐ『彼』がやってくるだろうから、あとは彼に任せて、その前に俺たちはここを去ろう。次は、どこへ行きたい?」
「薛洋、あなたと一緒ならどこでもいいですよ。あ、海が見たいかな」
「じゃあ海だ。なんなら船でどこかへ行くのも悪くないな」
その二日後、拂雪を背負った長身の男が門前に現れた。彼は手に持った手紙と扁額とを何度も見比べて、信じられない、という顔をしていたが、やがて入門希望者に筆談で問いかける。
「本当に私のようなものの弟子になりたいのか?」
少年たちは口を揃えて
「是」
と答える。皆、彼の事情は承知の上で、傲雪淩霜と呼ばれた彼の指導を受けたい者ばかりだった。
道場を建てて立ち去った二人組のその後の消息は誰も知らない。