Another Words

突然創作を載せたり載せなかったりします。

薛洋を救いたいプロジェクトその2

「ああ、俺の美人さんは料理上手で幸せだなあ」

天子笑を片手に上機嫌の魏无羡を、蓝忘机は微かな微笑みを浮かべて見ていた。今のこの暮らしがずっと続けばいい。私の知る全ての人の中で最も熱い心を持った魏婴。常に弱い者虐げられた者を身を挺し命を賭してでも守ろうとした魏婴。再び彼を喪わないために、どんな僅かな危険にさえ彼を晒すことがないように、それが自分の使命だと思っている。

江氏の門弟、艾渊とか言う若者には危険な匂いがした。艾渊の剣が魏婴に向けられているのを見た時は全身の血の気が引いた。たまたま用事が済んで祠堂に迎えにいく途中だったのでギリギリ間に合ったものの、今の魏婴の霊力ではもし随便を佩いていたとしても危なかっただろう。とてつもない逸材であると言う噂は景仪の話す前から耳に入ってはいたが、実際に目にした剣の鋭さは思っていた以上だった。それはまるである男を思い出させる。

そこまで考えが及んだ時、「なんだよ蓝湛、『心ここに在らず』か?俺を放っておいて何もの想いに耽ってんだ?」と不満げな魏婴の声がした。「魏婴、あの艾渊」と口にすると、あっさりと答えが返って来た。

「あれは薛洋だよ」

やはり気づいていたか、と思い続きを待った。魏无羡は一つため息をついて、話し始めた。

「薛洋、なんだと思う、多分。奪舎、ではなくて俺と同じで誰かに献舎されたんだろうな、江澄が気づいてないってことは。それに、なんか邪気も薄いし、殺気は感じなかったんだよ。楽しんで人を殺すような奴だったのに」

そう、薛洋は指一本のために一家をむごたらしく皆殺しにし、楽しみのために多くの人を殺めたのみならず、陰虎符を不完全ながら再生して皆を恐怖と不安に陥れた疫病神、いや悪魔のような極悪人だ。

「あいつのやったことに許せることなんかひとつもないけど、特に、俺が知る中で一番、あ、蓝湛は別として一番敬愛する人も、あいつのせいで非業の死を遂げた。だからあいつのことは絶対に許せない、何度生まれ変わろうと絶対に許さないと思っていたんだけど。実際に戻って来たのを見ると、なんか拍子抜けというか…」

「悪気がなかったら君に剣を向けない」

「ああそこが薛洋なんだよ。話の区切り前でいきなり斬りつけてくる。だけど多分、蓝湛が止めに入れることまで見えていたんじゃないか?だって本気だったらその前にも機会はあったはずだし」

蓝忘机には魏无羡が何を言おうとしているのか、最初は全くわからなかった。

「多分これは、俺が一度死んでるから余計そう思うんだろうけど、ここでこっちの道を選んでおけばよかったとか、あの時はこうすればよかったとかそういうことはあるだろ。俺は金丹のことも詭道のことも些かも後悔はしていないけど、他人に、特にお前に頼れなかったことだけはものすごく後悔しているんだ」

「魏婴…」

「薛洋もどこかに、あんな風にならない分かれ道があったはずだと思いながら死んだんじゃないかな。だとしたら…」

「だとしたら?」

「生き直す機会が与えられたのならば、やらせてみるべきなんじゃないかと思う」

「つまり、江宗主には告げないと?」

「うん。もし薛洋がもう一度生き直すとして、悪の道に走ろうというのならば、仙家の門弟にはならないだろう。だけど実際に選んだのが云梦の門下なのは、真っ直ぐに叩き直されて真っ当な道へ進みたいからじゃないのかな」

「…他にもある」

「何?」

「君が雲夢で育った」

薛洋が夷陵老祖にある種の憧れ或いは尊敬の念を抱いていたことは、彼が自分の何よりも大事に思うものーー晓星尘の魂の痕跡ーーを取り戻したくて魏无羡に託そうしたことからも明らかだ。それに、幼い頃からギリギリの生き方を強いられてきた薛洋には、同じように親の愛情を早く失った魏婴が江氏によって育てられたことを羨む気持ちがあったとしても不思議ではない。

「でも、あいつはいつ弟子入りしたんだ?薛洋が死んでからどれくらい経つ?だいたい献舎なんて簡単にできるもんでもないのに一体誰が、何故よりによって薛洋なんだ?なんかまだ腑に落ちない部分はいろいろあるんだよ。うーん、考え過ぎたら眠れなくなっちゃう。ねえ蓝湛、羡羡を寝かしつけてよ」

やれやれ、という態度をとりたかったが、魏婴に甘えられて嬉しくないはずがない。考えるのは後でいい。頬が緩むのをこらえながら、横抱きにした魏无羡を寝台にそっと置くと、彼の外衣を脱がせる。