Another Words

突然創作を載せたり載せなかったりします。

ひとつだけの生きる理由

暁星塵は霜華を拾い上げ、自らの命を絶とうとした。

が、手の届くところに霜華はなかった。ならばと舌を噛み切ろうとするも、猿轡をかまされてしまう。
「悪いな暁星塵。あんたを死なせるわけにいかないんだ」
薛洋の声が聞こえる。それから鈍い痛みを首に感じて、暁星塵の意識が途絶えた。

意識が戻った時、寝台の上に寝かされていた。両手は前で縛り合わされ、足は寝台にくくりつけられていた。
「気がついたか道長。喉乾いただろ?3日も目を覚まさないから」
薛洋はそういうと猿轡を外して、水を飲ませようとする。歯を食いしばって抵抗する暁星塵に対して、鼻を摘んで口を開かせ、口移しで水を飲ませてきた。無理やり水を飲みこまされて咳き込むと背中をさする。

「私にまだ利用価値があると思っているのですか?」
「死なれたら困る、とは思っている。まだ舌噛もうとするんなら、また猿轡かませないとならないけど、あんたにそんな手荒なことはしたくないんだ」
「そんなに私を苦しませたいのですか?私が憎いのならば殺せばよいでしょう」
「どうしても殺させたいのならば、宋嵐にやらせることになるけど、それでいいのか?」
「……!」

子琛にまで私と同じ思いをさせようというのか、この悪魔は。怒りに身体が震える。命を絶つ前に、間違って殺めてしまった子琛や無辜の人たちの仇をとらなければならない。暁星塵はそう考えて、とりあえず薛洋を油断させるために従うことにした。

「わかりました。ならばこの縛めを解いてください」
「それはだめだ。あんなにはここに居てもらわないと。飯もちゃんと食ってもらう。餓死しようとするなら無理やり食わせることになるから、無駄に抵抗しないでほしい」
「……しかたがないですね」

その日の食事は暁星塵の好物ばかりが並んだが、薛洋のご機嫌とりのように思え、不愉快で味がわからなかった。阿箐はうまく逃げたのだろう、食事にも姿を見せることはなかった。そしてそれ以上ひとこともしゃべらぬままその日は終わった。

ひとつしかない寝台で並んで眠る。そのことがこんなにもつらいと思ったのは初めてだった。どうせなら何も知らないまま死にたかった。そう思うと惨めさと悔しさに涙がこぼれる。絶望で真っ黒に塗りつぶされた心に唯一残された生きる理由は「薛洋を亡き者にする」ただそれだけだった。

 

 

次の日、薛洋は朝餉を済ませるとすぐに出かけていった。暁星塵は縛めを解かれないまま、寝台の上で一人で考え事をしていた。

一体どこで間違ったのだろう。子琛は自分と出会いさえしなければこんな目に遭うこともなかった。山を下りたのは世の中の苦しむ人を助けたかったからなのに。世俗に疎い自分はただ自分の正義のみを信じ、その結果強い恨みを買って子琛から一族と目を奪ってしまった。失った目の代わりに我が目を差し出す程度では到底償いきれるものではない。そして、目を失ったことで霜華を過信し、無辜の人々を凶屍と誤認して幾人も殺めてしまった
全てはこの悪魔のような少年と関わってしまったから起きたこと。凶屍などより生きている人間の悪意のほうが恐ろしい。
どんなに考えても、やはり自分には、薛洋を殺して自分も死ぬ、その道しかないように思えた。