薛洋を救いたいプロジェクトその7
「お前、あの時俺に頼んだだろ、この魂を繋ぎ合わせてほしいって」
「あ、ああ、そんなこともあったな」
明らかに薛洋の様子が落ち着かなくなった。
「彼とお前の間に何があったのか、俺は全部知っている。その上で敢えて聞くが、晓星尘に対してどう思っているのか聞きたい」
「……その名前を出すな」
「いや、そこは大事なところだろう。俺にとってもあの人は関係がないわけじゃない。それに、お前が前世でやったことで何が一番お前自身にとって大きな出来事だったか、と考えたらそこ避けて話はできないだろう?」
少し黙り込んだあと、薛洋は重い口を開く。
「まあ、長いこと一緒にいたからな。多少の情みたいなものは感じてた」
「それだけか?」
「それだけだよ。俺はあんたらみたいに男同士でイチャイチャしたりする趣味はないからな」
「本当にそれだけか?俺にはお前が、彼の魂に対してとても強い執着があったように見えたんだが」
「止めろ!」
見ると薛洋は肩を上下させてしゃくりあげている。しかし蓝忘机も魏无羡もそれを意外とは感じなかった。落ち着くのを待って、話を聞く。
「あれ?俺おかしいなこんなことで泣くとか。なあ魏先輩、あんたも体の元の持ち主の心の何かを実は引き継いじゃったんじゃないかと思うことはあるか?」
「全然ないとは言えない、かもな」
「俺、さっきも言ったけど、みんなからゴロツキ扱いされないのであれば、善人として生きるのも悪くないかも、とは思ってるんだよ。こいつは妹を本当に大事にしてた。そのせいなのかわからないけど、妹が何されたかを知った時、心が痛んだんだ。この薛洋がだぜ」
「いやお前それは人として当たり前だから」
「まあそうなんだろうな。前世の俺がどんなだったかはよく知ってるだろう?俺だって自分がどう見られているかくらいわかっているし、見える部分以上に俺の本質は悪意や害意で出来ている。
そんな俺には、道長は眩しすぎた。純白で、高潔で、優しくて、困ってる人には手を差し伸べる。俺みたいなののことも疑わずに親切にしてくれた。
…俺が金光瑶に殺されかけて道長に助けられたのは知ってたっけ?」
「まあ一応」
「あいつも俺を口では友であるみたいに言ってたけれど、結局利用価値があるうちだけの友だったのさ。あいつは悪辣さでは俺より遥かに上だぜ」
「ああそれは俺もそう思うよ」
「道長は俺が『子供の頃飴を毎日貰いたかった』って言ったのを覚えていて、毎日飴をくれたんだぜ。俺をゴロツキの薛洋ではなく共に暮らす仲間として扱ってくれたのは、道長だけだった。俺は初めて、知己になりたいと思える男に出会ったと思ったんだ」
「さすがにそれは虫が良すぎるとは思わなかったのか?」
「自分が過去に道長に対してしてきたことを考えれば、到底そんなことがありうる筈もないことくらい、俺にだってわかるよ。だけど、もしこの男を汚して、俺のところまで引き摺り下ろせたら、そうしたら俺も、負い目を感じずに道長といられる。そうでないと俺が惨めすぎるだろ?だから何の罪もない人を殺させ罪を重ねさせて、しかもそのことに罪悪感を覚えさせないように仕向けた。なんだこの男も俺と同じじゃないか、俺なんかの言うことを真に受けてただの殺戮者に堕ちた彼を見て、このままこれが続けばずっと共にいられると思った。このままの毎日がずっと続いていくのであれば、道長にとっては自分が一番大事な人間ではなくても、それでも構わないと思った。
だけど、あんな形で道長の一番大事な人間が、宋嵐が現れて全部が崩れた。宋嵐がいたら、道長も全てを知ってしまう。だから俺には宋嵐を除く以外に道はなかったんだ、俺の一番大事なものを守るためには。
ただ、俺がその大事なものを守るために道長に何をさせたのかを知った時に、道長の魂が壊れた。道長は俺を責めず、ただ自分だけを責めて、そして全てを無にした。
…俺が壊した」
そこまで語ると薛洋は俯いてすすり泣いた。
「なるほど。で、今、前世のお前じゃなくて、献舎されてこの世に呼び戻されたお前としては、そのことをどう考えているんだ?」
「どうすれば一番よかったのか今でもわからない。もしかしたら道長ではなく、俺自身が宋嵐を殺していればまた違ったのかもな。いや、そもそも俺が、ゴロツキの薛洋ではなく、ふつうのそこらにいる修士、そうじゃない、修士である必要もないな。悪に手を染めていない普通の男だったら、少なくとも彼があんな形で消えることはなかった」
「それは本心か?」
「ここまで話しておいて今更嘘はつかない」
そうか、と魏无羡は深くため息をついた。むしろ薛洋があの薛洋のままであってくれた方が、あの薛洋が復活したと触れ回って前世の悪評によって裁かれることになる方が事態はずっと簡単なのである。今更ながら、厄介な問題に首を突っ込んでしまった自分に呆れた。
(そういえば昔江澄に、なんでお前は英雄になりたがるんだと責められたな)
「とりあえず、お前を今後どうするかは今すぐには決められない。そこがはっきりするまでは今のまま芝居を続けられるよな?」
「一つ頼みがあるんだ、魏先輩」
「頼み?陰虎符なら作らないぞ」
「あんなものはこの世にない方がいい」
「偶然だな、俺もそれは同意する」
「だからそうじゃなくて。夷陵老祖ならもしかして知っているんじゃないか?俺がもし薛洋としてではなく真っ当に生きようとしたら、俺の薛洋としての悪行の記憶を、俺自身の中から消す方法を」
「残念ながら、悪行の記憶だけを消すような都合のいいものはないよ」
「やっぱりそうか。まあそうだよな」
少しがっかりした表情の薛洋は、一つほおっと大きく息を吐くと、艾渊に戻り、
「では、含光君、魏先輩、ありがとうございました」
と恭しく拱手をして蔵書閣から出て行った。
「魏婴、さっきの」
「え?なんだっけさっきのって」
「元の体の持ち主の心の影響」
「あああれね。特にこれが、ということはないんだよ。ただ、なんだろう時々…」
「時々、どうした?」
「酒が美味くないと感じることがある」
蓝忘机は顔には出さずに安堵した。万が一にも「お前に抱きつきたくなる」とか「無性に口づけしたくなる」とか言われたら、と気が気ではなかったのだ。すると見透かすように
「あれえ蓝湛、俺が『時々お前が欲しくなる』とかいうかと心配してた?そんなこと言うわけないだろ、俺は時々じゃなくていつだってお前が欲しいし、その気持ちのひとかけらだって俺自身の心以外から来てるものなんか無いって」